短編小説を書いています。お気軽にどうぞ I write a short story. Please read willingly.
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2008年2月3日日曜日
これはSFではありません This is not SF
* 失踪について
民法第二十五条一項より不在者について (フリー百科事典『Wikipedia』より引用)
民法上の不在者と言えるためには、従来の住所又は居所から何らかの原因で離脱し、容易に復帰できないことまで必要とされる。
民法第三十条一項より失踪宣言について (フリー教科書『Wikibooks』より引用)
不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。
* 消息不明
八月のある日、谷崎克也(二十七才)は北陸へと仕事に出掛け、消息を絶った。
のちに判明することであるが、東名高速、富士インターよりETC(Electronic Toll Collection System)課金開始記録が残っていたが高速道路を出た形跡は無かった。
取引先からのクレーム連絡が克也の勤める会社へと入り、妻である仁美(二十六才)が待つ自宅への電話、すでに消息不明となってから四十八時間が経過していた。三年の同棲生活、その後、籍を入れてからまだ半年も経っていない。仁美の携帯電話のリダイヤル記録が全て谷崎克也となるのに、それほど時間は掛からなかった。
眠れぬ夜を過ごした仁美は、管轄である三島警察署へと家出人捜索願を出すべく電話で相談をした。そして届けに必要な事項を、事務的に告げられた。
谷崎克也の最近の写真
妻である仁美の身分証明書
印鑑
克也の本籍
住居
氏名
生年月日
職業
消息を絶ったであろう日時及び原因・動機
克也の人相
体格及び着衣
車両使用の有無(使用していれば、車両のナンバ-)
克也の勤める会社の上司も、妻である仁美も、原因や動機について思い当たるふしはまったく無かった。
警察本部は、谷崎克也に失踪の意志が無く、何らかの外的要因によって行方不明になった場合や、消息不明者に生命の危険がある場合に適用される『特別家出人』ではなく、その他である『一般家出人』としてコンピュータ登録をし、非公開で捜索すると仁美に告げた。
一人の人間が消息を絶つ。珍しいことではない。日本において、年間の家出人捜索願受理数は十万件を超えており、捜索願を出されていないケースを含めると、行方不明者数は二十万人を超えると推定される。それでも約九十パーセントは所在確認が取れ、残り十パーセントがほんとうの消息不明となる。
谷崎克也のケースでは、誰にもほんとうの理由がわからぬまま七年が過ぎて、民法第三十条を適用、死亡の認定をうけることとなる。
*メトロポリス
持続的個人経済を保証するであろう小さなメトロポリス、谷崎克也の勤める会社は二十四時間稼動しており、パーテーションで四角に仕切られた灰色の机が谷崎克也のスペースであった。
成長を目論む会社にとって、就業規則は形骸化されており、壁面に取り残されたカレンダーと変わらない。疾走を続ける現代社会において、物事を深く追求することよりも、安価でわかりやすい結果が好まれる。
無論、消費者の意向であり、大企業でない限り逆らえば淘汰されてしまう。ささやかな願い、はたまた希望、そのひとつひとつが歯車となり集積され欲望に変換され世の中を駈けめぐる。世間知らずのお姫様でもない限り、否定することは難しい。
谷崎克也のセクションは自動車関連企業へと納めるロボット制御を担当していた。 無人工場の生産ライン、稼動すれば壮観な眺めである。
指紋などの存在を知らないロボットアームがアルミニウムの塊を掴み上げ、轟音をたてながら運び去る。灰色の鳥居のような入口には金属製の扉が設置され、獲物を待ちかまえた物の怪のように口を大きく拡げている。ここはどこの細道じゃぁ、なんて、つい、『とうりゃんせ』でも唄いたくなるような眺めだ。
扉が閉じれば地獄の始まり。鋭い刃具で加工が始まれば、アルミニウムの塊が金属の悲鳴を上げる。
克也はそのような状況を正確に観察をし、プログラムミスによる不穏な動作がないか、無駄な動きはないか、などのチェックをし、あれば修正をし確認する。そしてその作業を繰り返す。
はたから見れば谷崎克也もロボットのように見えるかも知れない。だが、指紋は無くしていない。
* 影の存在
仁美の両親は天涯孤独である谷崎克也を紹介されたとき、どこか暗鬱たる何かを感じた。
西日が坂の上の誰かを照らし、音もなく、すぅと延びた影のような不安。天真爛漫な次女にくらべ何事も真摯に受け止める長女、仁美に対しては、あからさまに忠告できなかった。そのようなことをすれば仁美は意固地になり、世間並みである両腕で描いた輪の中、家族から飛び出してしまう。
時間は戻ることのできない流砂、小さな家族にとって、心地良い風ばかりが砂紋を形成しているわけではない。
どこか不幸の匂いがする谷崎克也、新しい家族、運命を辿るアカイイトとやらも、ときとして仁美の両親を悩ませていた。
* 影からの電子メール
谷崎克也の私的電子メールボックスには、毎日たくさんの情報が波のように押し寄せていた。
客先からの問い合わせ、苦情、身に覚えのない新商品の紹介、人妻を装った出会い系サイトの勧誘、魔法の錬金術みたいな金儲けの企画、世の中には、実にさまざまな情報がゴミのように溢れている。
迷惑メールをゴミ箱へと自動振り分けする機能を有効にしても、日夜増殖を続ける悪意は避けられない。
そんなときでも、谷崎克也は宙に浮かべたゴミ箱へと、ひょいと捨てるような仕草でマウスを操る。慣れた手つきで不要メールを選択し、姿の見えない悪意を架空のゴミ箱へと捨てる。
無意識に作業を続けながらも、気になるタイトルヘッダーを見つけた。
『あなたの影より』
差出人は『zenigon』、新手の迷惑メールかと思いながらもマウスでクリックする。
『わたしは、あなたの影であります。喩えではなく、あなたの実体が光あるところに存在するとき、そっとあなたの足元に佇む黒い影であります。
あなたが生まれたときから、ずっとそばに居て、あなたやあなたと接する人たちを眺めておりました。
ですので、わたしはあなたのことをよく存じ上げております。
あなたは小学2年生のとき、海岸沿いの堤防、その坂道の下で遊んでいましたね。夏の日射しがきつく、あなたは帽子もかぶらずに、たくさんの汗を流しておりました。
もちろん覚えていますよね。
そのあと、坂の上から高校生の乗った自転車がブレーキもかけずに、あなためがけて突っ込んで来ました。故意にあなたを吹き飛ばし、倒れたあなたを起こして執拗に殴り続けました。
そして、あなたの右目の視力がなくなるまで、無意味な儀式は続いたのです。ほんとうに不幸な出来事でした。
しかし、そのような出来事も、消し忘れたテレビに映し出される砂嵐のようなものです。悲惨な事故に遭われた妹さんに比べれば、ですよね。
あなたが坂道の下で暴行をうけた日から十四年後のある日、いつもと変わらない一日のはずであり、妹さんは元気に高校へと向かいました。
けれども、その晩には白いベッドに横たわり、変わりはてた妹さん。
その顔にかかった白い布には赤黒い染みが拡がっていて、絶対に妹ではないと神さまに祈りながら、おそるおそる布をはがしました。少しずつ肌から布が剥がれるとき、実に厭な音が聞こえました。そして、もう一度、神さまに祈りました。
でも、神さまなんていやしない。せつない願いなんて、どこにも届かない。
生きながらにして抜け殻となったあなたは、底なしの井戸につき落とされたような想いで暮らし始めました。
けれども、光が届かぬはずの深い井戸にも、気づけば丸く切り取られた青空が見えてきました。仁美さんとの出会い、彼女は天涯孤独となったあなたへと優しい家族の匂いを届けてくれました。その出来事を眺めていて、影であるわたし自身も喜んでおりました。
唐突なんですが、わたしの願いごとを一つ、かなえていただければ、あの事故のあった日の朝まで、この世を流れる時間のねじを逆廻しにする術を教えてあげましょう。
もちろん、現在までの記憶を残したまま、つまり、妹さんをこの世に連れ戻すことができるのです。
わたしの願いごと、簡単なことです。わたしは、あなたに嫉妬を感じ、そしてあなたが感じた仁美さんの光を深く知りたいのです。
ほんの少しの時間、実体であるあなたと影であるわたしが入れ替わるのです。わたしは、仁美さんを抱いてみたいのです。あなたは耳を塞ぎ目を閉じていれば、いいのです。それだけで、あなたの記憶の新たなページが悲惨な想い出と入れ替わるのです。
わたしの未来予想図では、悲惨な事故を消去してしまえば妹さんは大学へと進学し、たくさんのお友達に囲まれます。二十歳の成人式には、レンタルでいいのに、と言い張る妹さんへと、貯金とボーナスをはたいて、素敵な振り袖をプレゼントします。鮮やかな色彩の振り袖、妹さんにはお似合いですね。
大学卒業すると、あまり売れないタウン情報誌の編集部へと就職してお洒落な店、おいしい食事を出してくれるお店を探索して紹介する記事をたくさん書きます。そして素敵な彼氏と出会い、結ばれます。
あなたと仁美さんを結ぶべきアカイイトが途切れ、妹さんの出会いを結ぶアカイイトと姿を変えるのです。
わたしからあなたへと提示する選択肢は二つであり、限られております。
一つ、わたしからの提示を全て無視して、仁美さんと未来に進む。
二つ、わたしからの願いごとを受け入れ、妹さんをこの世に連れ戻す。
このメールに返信は不要です。あなたの心の中で決めたことを、そっと呟くだけで実行を開始します。
それでは、良いお返事、お待ちしております。』
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自己紹介
- zenigon
- 仕事柄、あちこちとふらついております。 Because of the profession, it sways here and there.
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